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秋に見る夢

数年前に脱ニートしたばっかりのフリーター。パソコン大好き。実はヲタクですがそっち系の話題は別所です。

「オタクである自分を肯定した」瞬間について

思考

ちょっと思い入れ強すぎる感じの文章なので追記で。
私はとあるアニメ(1995年オンエア、時間帯的には日曜朝、少年向け)がとても好きです。作風やキャラクター、ストーリー、デザインも魅力的なのですが、自分がここまでのめり込んだのはおそらくタイミング的に「オタクである自分を肯定する」きっかけとなったからだと思います。

私は1997年の7月、心を病みました。当時小学生だった私を絶望の底へ突き落としました。親にも迷惑をかけました。その後も症状があまり改善せず、結局そのまま中学を卒業し、高校は通信制でなんとか卒業…となりました。そして社会人になれず、家に引きこもっていた日々でした。

この時期において私にとってアニメなどのオタクカルチャーは人生への障害でした。今でこそ、その頃好きだった作品を肯定することはできますが、当時はのめりこむ余りに他のことが本気で手につかなくなり、悩んでいました。

就職のきっかけとなった作業所へ2011年12月に入所し、就職活動を色々とし、ようやく一般就労までこぎつけたのが2014年の4月でした。

その先月、そのアニメのDVDを増税駆け込みという理由で購入しました。そしてのめり込みました。ファンサイトも開設し、ファンとのコミュニケーションも取るようになりました。しかし、今までとは違いほぼ問題なく就業時間を過ごすことができたのです。それに気づいたのは去年でした。

そして、今年になって気付きました。「ああ、オタクである自分を肯定できているんだ」と。そう思うと、仕事終わりの帰り道はそのことを考えるようになり、仕事をすることはその瞬間を楽しみにするという原動力になりました。

「私はもう、オタクでいて、良いんだ」

それは十数年の想いが救われた瞬間でした。アニメが好きでもよかった。

本当、その作品には感謝しているのです。

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って文章と画像のテンションが合ってないですよ(´・ω・`)